インテリジェンスとインフォメーション


インテリジェンスとインフォメーション。
前者は「知識」、後者は「情報」とでも訳しましょうか。

ちょっと前にも投稿で触れたけど、フォロワー(模倣者と言う意味)の多くがインフォメーションをインテリジェンスとカン違いしている。そもそもインテリジェンスは自分で対価を払ってでも取得しに行くもので、フォロワーの多くは自然に無償で流れ来るインフォメーションに身を委ねてる。そしてそれをあたかもインテリジェンスのように人に伝えてしまう。またフォロワーはそれをインテリジェンスとカン違いする。「ググる」と言う文化は所詮インフォメーションなのだ。インテリジェンスの対価とは例えば本を買う、教えを請うなどでしょう。

「知る者は言わず、言う者は知らず」

中国古典の老子からの言葉。

知っている人はインフォメーションくらいでは人には伝えないのだ。僕がプログラムのコーディングについてのブログや投稿を「したくない」ことがこの理由。インテリジェンスは軽々しく共有するものではないのだ。共有することのリスクを知っているいるから。だから言わない。もしするとしたらその広めようとしているインテリジェンスが正しいかどうかを徹底的に検証する。その労力たるや計り知れない。

「知る者」と「言う者」の二者には明らかに違いがある。インテリジェンスがある人からはレスポンスが得られる。インフォメーションだけの人はそれ以上のことを相手に返せない。
少し会話をしたらその人がどっちなのかはすぐに分かる。結果、実に「返せない人」が多い。それはSNSなんかでも顕著にでる。気の利いたコメントを返せるかどうかもその人のインテリジェンスが分かるわけだ。

同じようなことをソクラテスが

「私は何も知らないということを知っている」

と表現している。知った気になるな、と言うのの戒めかもしれない。

インテリジェンスとインフォメーション” への1件のコメント

  1. 数多の一見無意味なインフォメーションの中にインテリジェンスが埋もれている・・・ことも多いのではないのか?インフォメーションすらも上げないのであれば、存在しないのと同じ。特にこのネット世界では・・・。

    なーんてちょっとアレな書き込みをしてみましたw

    ちょっと斜め上だけど、昔から知識の伝承は一子相伝だったり、盗み取ったりだったりするので、ネットで軽々しく公開なんてされてるのはそれ相当の知識ってことなんだろうね。

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